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【ネコカル忘年会ライブ】〜12月その5〜



今宵は私にとっては歌い納めとなる斎藤ネコさん率いる「ネコカル忘年会ライブ」である。
親友のシンガーソングライター相曽晴日と共に青山マンダラでゲストとして出演する。
夕方5時過ぎに現地に入ると既にもう一人のゲスト、デビューしたばかりのシンガー、
Emiちゃんがリハーサル中であった。
あら、中々いい感じ。 晴日も既に来ていて晴日の愛息子、ゆうきくんも一緒である。
今宵は普通のライブとはちょっと違ってネコカルの忘年会を見るライブだそうで、
何だかよくわからないが、おもしろくなりそうだ。

ネコカルとは斎藤ネコさんの仲間達計4名で編成された、弦楽四重奏のカルテットで
メンバーそれぞれは素晴らしいところで現在もご活躍中の、かなり凄腕のアーティスト達ばかりである。
今夜、私がそのカルテットで歌う曲はお馴染みの「氷雨」と、私自身が作曲し
作詞は知人の放送作家の方が作詞した「願わくば桜の下で」と言う
まだまったく未発表の楽曲を披露する。
だから・・・・ドキドキなのである。
どんなアレンジになっているのか楽しみでもあり、初披露もいいとこなのでスリル満点状態である。
それに弦楽四重奏のカルテットいうシンプルかつ豪ジャスな編成によって
どんな世界が繰り広げられるのか・・・私も久々に音楽に心ときめいている。
Emiちゃんのリハが終わり私のリハの番となった。
ビオラ、チェロ、ファーストバイオリン、セカンドバイオリンといった編成の中 まずは、「氷雨」から始まった。
この曲はあまり雰囲気を変えることなく原曲に忠実なアレンジである。
シンプルなだけに演奏者の技術力がかなり必要な楽曲の為か
演奏者達は思った以上の忙しい演奏にびっくりしていたもののやはりプロである。
う〜ん・・・見事な弦捌き。
そして次の楽曲は私も自分のヘタなキーボードを弾きながら歌う事しかまだ体験していない
自作の「願わくば桜の下で」である。
どんなアレンジなのだろう・・・。
ワクワクドキドキだ〜。
すると静かでシンプルなイントロから始まり飾り気の無い中につぼをしっかりおさえた
情景のある切なくて美しい音楽へと仕上がっていた。
さすが、ネコさんである。
歌っていて気持ち良い。
自分ながら良い曲ではないかと思ってしまった。
あ〜本番は緊張するけど楽しみだ。
リハーサルも初ゲストの私とEmiちゃんだけで後のアーティスト達はもうお馴染みとい う事で
リハはそこで終了し、そのまま皆で近所の居酒屋へと向かう。
ライブ本番まで2時間近くある為、よろしく〜という感じで忘年会ライブの始まりの様な乾杯である。
ここであまり呑みすぎると出番の早い人は大変なのでセイブしている人 もいたが
「忘年会なんだからいいんだよ、呑んでも。」と斎藤ネコさんはおっしゃる。
私も晴日も後半の2部の方なので余裕で多少呑んでいたが、
やはり私は初めて披露する曲のせいかやはりお酒も消極的?になっていた。
ひとまず先発隊は先に会場へと向かい始め私と晴日だけとなった。
私は特に衣装に着替えず、そのままで行く事にした。
いつの間にか晴日は、かなりきらびやかな総スパンコールのブラウスに着替えていた。
「凄いね〜その衣装・・・まぶしいねぇ。」
すると彼女曰く 「これ?でしょう!でも海外の通販なのよ・・・。派手でしょう?」 な〜るほどねぇ。
中々日本にそんなの売ってないものね・・・などと感心しつつそろそろ行こうかと
店を出てライブ会場に向かった。

会場は既に始まったばかりと言う感じで、お客さん達もかなり入っていていっぱいである。
ネコカルの皆さんもお揃いのシルクの豹柄の、でもなぜかクマのプーさんが所々に描かれた
キュートなパジャマにお着替えである。
蝶ネクタイにタキシードでも着て演奏するのかしらと思っていたが、パジャマとは・・・。
パジャマのオヤジに囲まれて歌うのね・・・私も。
ネコさんのまったりとしたおしゃべりの中、ライブはダラダラと始まって
本当に忘年会を見るライブなのね・・・と実感した。
時間もかなりおして来て漸く私の出番となったのは23時を廻った頃であった。
「長いね〜待ったわよ・・・。終電なくなっちゃうよ。」などとネコさんに絡み毒を吐 きながらも
場内は思いのほか爆笑したりで盛り上がっていた。
何しろ私の様なジャンルの歌手をゲストに招いたのは、初めてらしい。
そしてお馴染み「氷雨」をネコカルバージョンで歌い、まだネコさんは私にしゃべらせたいらしく
またもや私も毒を吐きつつ、初披露の歌「願わくば桜の下で」に突入した。
すると、思った以上の反応の良さに自分自身も驚いた。
今度は親友の晴日を呼び込んで本来2曲披露する予定がもう1曲ということで
彼女の作った曲で私も大好きな「名無し」という曲を晴日のピアノも加わって歌う事となった。
なんとか歌い終わり客席から温かい拍手を頂き漸く緊張から私は解放された。
やがて晴日の音楽が美しく始まりネコカル忘年会ライブも終盤に入った。
晴日の爽やかな歌声がこのライブのトリとなりアンコールでネコカルの方々が再び出て
4人だけのまさにプロフェッショナルな演奏で長いライブはお開きとなった。
時刻は夜中の1時を廻っていた。
お客さんもよくここまでの長丁場をお付き合いくださった。
ほんとにいいお客さん達だ・・・。
でも何だかんだといいライブだった。
私にとってとても良い歌い納めとなった。

音楽ってやっぱり良いよな〜。
そうしみじみと実感しながら今日のこの日、この時のワ クワクした気持ちを忘れないようにしようと思った。
そしてもっと、音楽に積極的になって取り組んでみようと心に誓うのだった。


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【雪の誕生日】〜12月その4〜



あ〜とうとう不惑の歳に突入してしまった・・・。
華の???40代である。

今日は秩父ナチュラルファームシティー農園ホテルでのディナーショウである。
早朝7時30分に若い女性マネージャーが自宅に迎えに来て玄関のドアを開けるやいなや
元気な声で「美歌さん!お誕生日おめでとうございます!」とお祝いを言ってくれた。
なんか・・・・照れるなぁ。
車で出発するとその彼女からプレゼントを頂きなんとセクシーなランジェリーの上下である。
なんか気を遣って頂いて悪いわね・・・。
すると他のマネージャーからもプレゼントをあずかっているらしく、またいただいてし まった。
本当に悪いわね〜気を遣って頂いて・・・。
朝から有り難く嬉しい思いの中、出発した。

天気予報によれば今日は山沿いではみぞれか雪になるかも・・・なんて予想していたな・・・。
今日は日帰りだし、帰り道大丈夫かな?
運転暦の浅い若い女性マネージャーは何気なき私のつぶやきに 「やめてくださいよ〜」とびびっていた。
浅い眠りの中、約2時間30分程かかって長瀞の美しい山あいの川沿いが見えてきた。
きれいだね〜。
現場のホテルは坂を登った見晴らしの良い丘の上に建っていた。
到着して30分程後でバンドと軽くリハーサルをする為、本日の会場の扉を開けると
バンドのメンバーがなんと、ハッピーバースデーの曲を演奏し始めた。
え〜?この私の為に演奏してくれてるの??
そして舞台監督から花束と何やら商品券らしきプレゼントである。
これはバンドのメンバーやスタッフで出し合って購入したそうで・・・本当に有り難い事だと思った。
たまたま、誕生日とディナーショウが重なってしまい皆に散財をかけてしまった。
でも自分の誕生日に大好きな歌の仕事が出来てその上スタッフにお祝いして頂いて・・・
なんと幸せな事だろうか。
そしてこのホテル側からも手作りのケーキを頂いた。
心に何か温かく熱い物を受けながらリハーサルが始まった。
お客さん、沢山来てくれるかな〜などと思いをはせながらひとまずリハも終了し
控え室に戻って暫くすると部屋の高い位置にある小窓のすりガラスから何やら白いものが
フワフワしながらいくつも見える・・・雪である。
やはり予報は当たってしまった。
でもみぞれっぽいから、大丈夫かな? ファーストステージは13時からである。
雪の心配もしながら仕度をし始め、そろそろ出番と言う事で会場に向かうと
ロビー先の窓の外は到着した時の情景とは、うって変わって真っ白な雪国と化してい た。
凄い事になってるぞ〜。
夜の部はお客さん来れるのかな・・・。
ひとまず、昼の部では多くのお客様に来て頂けた様で安心した。
私の誕生日ネタもあってか、ステージはいい雰囲気で盛り上がり昼の部は、無事終了した。
外は氷雨どころの沙汰ではなく絶え間なく降り続くドカ雪となっていた。
いよいよ、夜の部の客足が心配だ・・・それに昼の部の客さんは帰れるのかな?
て、言うか私も帰れるのかな? 控え室に再び戻り夜の部までは、数時間程ある。
その間、ホテルのアナウンスが慌ただしく道路や交通の状況などを告げ始めた。
積もった雪をかく音まで外からしてきた。
そしてスタッフ達も帰りの心配をし始め私達、車組みも慣れないチェーンをマネージャーが装着したりで
夜の部の前に、にわかに周りは気ぜわしくなっていた。
運転暦浅い彼女には悪いが、やはり帰りのこの雪道でおまけに坂道である。
怖いんだよな・・・。
外の雪は一向に降り止まずやはり私とマネージャーはこのホテルに宿泊させて頂く事となった。
あーこれで今夜は焦って帰る心配はひとまず無くなった。
誕生日に大雪とは・・・かなり思い出深い誕生日となりそうである。
宿泊する事が決まったが、日帰りのつもりで来ている為、変な話・・・下着とか持ってきてないな。
するとマネージャーがすかさず、「私がプレゼントした下着、車から持ってきましょうか?」
そうだ!頂いていたんだ、下着・・・。
でもこれで気持ちよく過ごせるな。
それにしても不思議だね〜。
うまく出来てるよな。
帰る人たちは大変だが、私としては神様がわざと雪を降らせてのんびりと誕生日の夜を
与えてくださったのかも・・・なんて思った。

そんなわけで夜の部がスタートした。
お客様もこの足元の悪い中でも、沢山の方々が来て下さっていた。
本当に有り難い事である。
記念すべき?不惑の歳突入バースデーディナーショウにオマケ付きの大雪で
わざわざいらして下さった方々ひとりひとりに何かとても温かいご縁を感じた。
この日が素敵な思い出となるように、これからのこの40代を自分の発信する歌で
少しでも人の心の役に立てるよう頑張らなければ・・・と改めて思った。

夜の部が無事終了し、帰らなければならないスタッフ達は怒涛の如く帰り支度を済ませ、
なんとか動いているらしい列車に飛び乗る為、風のように帰って行った。
宿泊組みは司会者やバンドの数人だけで、今宵は誕生日という事もあり
ステージ終了後はホテル内にある露天風呂付き大浴場で一風呂浴びた後に
スタッフの部屋で残ったメンバーで軽く飲もうという事になった。
本来なら居酒屋探偵団になりたいところだが、この大雪で当たり前であるが
外には出れず、お酒なども閉まりかけたホテルの売店でスタッフが焦って購入した焼酎や日本酒を
積もったベランダの雪で冷やしたりして宴が始まった。
なんかつまみが欲しくなり、私自らホテル内の自動販売機の乾き物コーナーで
何品か購入しそれも広げた。
なんだか・・・久し振りにかなりドメスティックな状況の誕生日である。
まあ・・・いっか!こんな誕生日も楽しいもんさ!
実はここだけの話・・・バンドのメンバーの中にズラの人がいらして、
結局そのかつら で妙な芸が始まってしまった。
堺正章さんがテレビのかくし芸で以前やったことのある、
テーブルクロスを物が載っているテーブルの間からサッと引き抜く芸を、なんとズラでやり始めた。
ズラの彼もいい加減開き直って、頭とかつらの間に布を挟んで置いて
その布を テーブルクロス芸の様に引き抜くという物である。
私もやらされ、うまくいかず彼の本来のヘアースタイルが丸出しとなってしまい
申し訳ないが・・・大爆笑である。
そんな爆笑の渦の中、ささやかな雪の宴も御開きとなり部屋に帰って深い眠りに就いた。
朝起きて外を見るとそこはもう、美しい銀世界であった。
雪の誕生日・・・・寒いけど温かさを沢山頂いた。


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【愉快な仲間達】〜12月その3〜



今夜は友人数人が、いつものフレンチレストランで私の誕生会を
一足早く開いてくださる事となり夜8時過ぎから集まった。
その女友達とは、いつもそれぞれの誕生日をそのフレンチレストランでお祝いし合うという
とても仲良しなグループなのである。
皆住まいも、仕事も横浜で時間があればご飯を食べたり飲みに行ったりと気のおけない仲間達である。
誕生会は決まってこの元町のフレンチレストランと決まっている。
美味しいコース料理を堪能した後は、必ず誕生日の今日の主役にはサービスで赤ワインで出来た
ゼリー状の可愛いバースデーデザートが1本の蝋燭の火に灯され出てくるのだ。
今回の私にもゼリーの上にHappy Birthday mikarinと書かれてそのデザートが出てきた。
さすがに年末とあってか、思いのほかお店は混んでいて
その上に私と同様のお誕生日組みのお客さんが2組もいた。
この人たちも私と同じ射手座なのかな?
などと考えつつ人数だけはこちらの方が上という事もあってか、
バースデーソングを仲間達が密かに?合唱してくれて、
私はデザートに立てられた1本の蝋燭の火を消した。
まだ本当の誕生日までは3日もあるがお祝いされるのはいい事だ。
プレゼントは皆でお金を出し合って購入してくれた以前から私が欲しかったDVDである。
やった〜!!嬉しいな・・・。
仕事上の付き合いも無く、ただそれぞれに仕事を持ち、OLさんだったり占い師さんだったり、
カレー屋さんだったり、テディーベア−屋さんだったりと皆の職種はかなり様々である。
でも何だかとっても仲がいい・・・。
私が特殊な世界に居る事をいつも彼女達はいい感じで、忘れさせてくれる。
そして何気なく・・・励まされてる。
私がつまらない出来事があっても、腐りきらないで生きていられるのは
きっとそんな友達が居るからだよな・・・とつくづく思う。
ありがとう。

そして、フレンチレストランとは思えない程気取りの無い私達は、
つまらない冗談やオヤジギャグが炸裂しお腹が痛くなるほど笑い転げ
誕生会の宴の夜は更けていった。


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【Happy birthday to us】〜12月その2〜



日本に在住する外国人達が集まって今夜は12月生まれの外人3人のバースデーパーティーである。
その中の1人に友人がいて私も12月生まれと言う事もあり御招待をうけた。
その上3人共に私と同い年で不惑の歳突入なのだ。

男性2人に女性1人の計3人が主役のパーティー会場は
外国人専用クラブの体育館に当たり前ではあるが殆んどが外人でいっぱいであった。
英語なんて殆んどしゃべれない私ではあるが、中にはかなり日本語堪能な外人も いたりする。
顔はコテコテの白人なのにしゃべると日本人とまるで変わらない 日本語を しゃべる人も居たりで
おもしろい。
そういった人は子供の頃から両親の都合で日本にずっと在住し
アメリカンスクールに通いながら日本語も英語も当たり前のように話せる。
実に羨ましい事だ。
いつもこういった場所に来ると思うのは、英語がぺらぺらしゃべれたらどんなに楽しいだろうという事だ。
まぁ、でも最後にはジェスチャーを交えてかなりブロークンなイングリッシュで
何となく楽しんでしまうのではあるが・・・・。

それにしても彼ら3人の子供の頃や現在の写真が体育館の会場の舞台幕に映し出され、
さながら日本の結婚式の二次会かと思わせる様な派手さである。
おまけにYES,NOクイズまで始まってしまい
何を言っているのかさっぱりわからない私はオロオロするばかりだ。

やがて友人からハッピーバースディを私に歌って欲しいと頼まれてしまい、
私も12月生まれで同い年なのでその事をみんなの前で話してもらい、
Happy birthday to you・・・ではなくてHappy birthday to us・・・と歌う事にした。
日本の歌手なんだ〜と外人さん方に理解して頂けたようで友人も喜んでいた。
本国を離れてこの日本で暮らす外国人にとってこういう場所は
小さな村みたいな物でその中でも帰国する人や日本にしばらく滞在する人など、
日々仲間内の出入りが多く繰り返されていて、いつもこの場所でパーティーが行われているようだ。
日本にずっと在住している友人も知人が海外から来たり帰ったりで そう言えばいつも忙しそうだ。

場所を隣りのバーに変えて宴は夜中まで続いた。
そろそろ私は酔いもいい感じで効いてきた為かぼ〜っとしてきたので
タクシーを呼んでもらいおいとまする事にした。
御陽気な外国人達はまだまだ・・・・という感じでまた踊り始めていた。 元気だね〜。


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【気分はシャボン玉なハワイアン】〜12月その1〜


シンガーソングライターで私の大の親友、相曽晴日と共に今夜は横浜西口のライブハウスに
晴日のミュージシャン仲間が出演すると言う事で横浜在住の私も誘われ観に行く事となった。
西口のビルの中にある「サムズアップ」と言うライブハウスで、初めて訪れた私は
「へ〜こんな所にライブハウスがあったんだ〜」
と、橋を渡って見知らぬビルの中に入ると、忽然と佇むライブハウスの入口を見つけて、また横浜の奥深さを感じた。
今夜のライブはハワイアンで、3台のスチールギターにベース、パーカッション、コーラスとなんとも不思議な編成である。
スチールギターが3台も並んで演奏し始めると、宛ら気分はワイキキビーチという感じでもあるが、
何かシャボン玉の中に入ってフワフワと浮いているような感じでましてや、赤ワインなどボトルで頼んで飲んでいる為、
気持ちよくなり過ぎる。
そして思わず、異次元の世界に飲み込まれそうになってしまう。
とにかく、不思議な感じなのだ。
これでハワイの灼熱の太陽の下でおもちゃの日本傘が挿してあるような南国なカクテルを飲みながら波の音を聴いて
ビーチチェア−に寝そべっていたらもう気分は天国に違いない。
私と晴日は演奏を聴きながら「あ〜ハワイに行きた〜い!」と思わず 口走っていた。

日本のハワイアンはそれこそ昔は何だかおじ様、おば様の世界と言う感じで
異色なジャンルであまり興味も湧かず聴く事もなかった。
だが、最近では若者もフラダンスを踊るようになり癒し系の音楽として多くの人の心に流れ込んでくるようになった。
2年前、私がハワイの小さなレストランで聴いた現地の男性がアコ−スティックギターを奏でながら
何ともいえない位、ソフトな声で歌っていたハワイアンはまさに癒しそのものであった。

演奏の一部から飛び入りゲストで来ていたフラダンサーの女性が舞台の上で踊ってくれて
また彼らの演奏の世界が広がった感じである。
晴日からのお誘いが無ければ中々聴きに行く事はなかったかもしれないが私としてはとても興味深いライブだった。
最近自分自身の音楽にドキドキしたりしてないな・・・。
音楽に恋をしなくちゃ!と改めて思った。
私も既存した形だけの音楽だけでない、もっと自分自身がときめくような音楽をやって行くのもいいと思った。
そのうち、アコースティックなギターだけでシンプルに小さな場所でまたやってみよう と思う。
たまには、自分の歌と向き合う事も大事だな・・・。


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Copyright 2002 Mika Hino, Yumiko Toda, GoisuNet